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広島地方裁判所 平成5年(わ)710号 判決 1998年2月03日

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

第一  本件公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は、「甲は、社団法人山口県モーターボート競走会常務理事で、同県徳山市が徳山競艇場で施行するモーターボート競技の勝舟投票券の専用場外発売場施設設置に関し、同競走会の固有業務あるいは同市からの委託業務として、その市場調査、施設設置場所及び施設所有者の選定等の準備行為をなし、これを同市に具申する等の職務を担当していたもの、乙及び被告人丁は、いずれも、右準備行為を手助けしていたもの、被告人丙は、株式会社中國宅建の代表取締役で、右専用場外発売場施設の所有者になることを企図していたものであるが、

第一  甲、乙及び被告人丁の三名は、共謀の上、平成四年九月二五日、被告人丙から、甲が、徳山市からの委託業務として、施設設置場所及び施設所有者の選定等に取りかかっていた広島県深安郡神辺町における専用場外発売場(仮称ボートピア神辺)設置に関して、同人からその施設所有者の選定等で有利な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、同県福山市入船町二丁目<番地略>所在の株式会社広島銀行福山東支店から熊本市手取本町<番地略>所在の株式会社富士銀行熊本支店の乙名義の普通預金口座(口座番号<略>)に現金二〇〇〇万円の振込送金を受け、もって、甲の前記職務に関してわいろを収受した

第二  被告人丙は、同日、前記甲らに対し、前記趣旨のもとに、前記方法により、前記二〇〇〇万円を供与した」というものである。

(なお、本件では、当初、甲、乙と被告人両名が右公訴事実で起訴され、被告人両名の審理が甲、乙の審理と分離、そして併合された過程で、乙、次いで甲が死亡するという経過を辿った。)

第二  被告人丙による本件二〇〇〇万円の振込について

検四号「捜査関係事項照会に対する回答書」と題する書面、検五号捜査状況報告書によれば、被告人丙が平成四年九月二五日株式会社富士銀行熊本支店の乙名義の普通預金口座に金二〇〇〇万円を振り込んだことが認められ、被告人らも争わないところである。

第三  甲の職務権限について

検六八号小島文雄、検七〇号小井川正明、検七二号中嶋康晴、検七三号古冨琢造、検七五号堀田素生、検七六号金本茂、検七七号吉田豊、検七八号中原昌子、検八〇号松田三男、検八二号梅田洋治、検八五号藤井一宇、検八六号佐藤敬治、検八八号桐島辰二の各検察官調書によると、社団法人山口県モーターボート競走会は、モーターボート競走の実施を目的として山口県内に設置された公益法人であること、昭和六〇年にモーターボート競走法上、勝舟投票券の専用場外発売場(以下、「専用場外発売場」という。)の設置が可能となり、設置主体となるモーターボート競走の施行者である自治体と各モーターボート競走会とは協力して設置推進行為を行ってきたが、設置のための準備活動の内、地元との折衝、設置場所の選定、施設所有者(施行者に施設を賃貸する)の選定などは施行者が行うには難があるため、これら一連の準備活動はモーターボート競走会において主導的に行うことが通例であったこと、法令上も施行者が右の準備行為をモーターボート競走会に委託することが禁止されていないこと、甲は、山口県モーターボート競走会の常務理事として、右準備行為を担当していたが、平成四年三月に専用場外担当を兼務することになり、同競争会における専用場外発売場に関する事務は甲のもとに一本化されたこと、甲は同年七月ころから九月ころにかけて、広島県深安郡神辺町、大分県宇佐市などに専用場外発売場を設置すべく、右競走会の職務として、現地に出張し、地元自治体との協議などの準備活動を行ったことが認められる。

右の事実によると、右準備行為は右競走会の固有の業務ないし施行者である自治体からの委託業務と認めることができる。

そうすると、甲が平成四年当時行っていた専用場外発売場の候補地や施設所有者の選定及び地元自治体との折衝等の準備行為は、同競走会の固有業務ないし自治体からの委託業務であり、甲の職務権限に含まれるというべきである。

第四  被告人丁の刑責(収賄の共謀の成否)について

被告人丁について、右公訴事実たるモーターボート競走法違反(わいろ収受)罪が成立するためには、まず身分者たる甲と非身分者たる乙及び被告人丁との間で、△△病院が滞納している源泉徴収税の納付分にあてる資金を被告人丙からの収賄という形で得るという共謀(以下、「本件共謀」という。)が存在することが前提となる。

検察官は、まず甲と乙との間で右内容の共謀が成立し、その後に乙と意思を通じて被告人丁が加わったと主張するところ、甲と乙との間の共謀につき、甲は一貫して否認し、乙は捜査段階で認めたものの公判廷では否認しており、本件共謀を示す直接証拠は、乙の捜査段階における自白が唯一のものである。そこで、この自白の信用性ないし真実性が問題となる。

一  甲と乙との間に本件共謀が成立するとされるまでの経緯に関する、乙の各検察官調書における自白の要旨は以下のとおりである。

1  乙は昭和六三年暮れころ、土地建物の売買において甲と知り合い、平成三年三月ころから、専用場外発売場の候補地探しや施設所有者探しをするようになった。

甲は、当時、自分が山口県モーターボート競走会の常務理事であり、専用場外発売場を設置する仕事を担当していること、徳山ボートは徳山市が施行者であるが、実際には、競走会のほうが立場が強いことを乙に告げた。このことを、乙は、ボートピア呉の実施に際して呉市に対する賃料等の件で甲が徳山市を納得させたことで実感し、また、ボートピア呉の施設所有者に当初乙がなる予定だったにもかかわらず、甲が別の会社を同所有者としたことで、乙としては甲の力を思い知らされた気がした。(以上検一四三号)

2  乙は平成四年四月上旬ころ、被告人丁を専用場外発売場を設置する仕事を一緒にしようと誘い入れた。そして、乙は、同年五月ころには神辺町に専用場外発売場を設置しようと考え、施設所有者となる会社として被告人丁の紹介した中國宅建の代表者である被告人丙に右発売場設置の話をもちかけた。被告人らには、山口県モーターボート競走会の甲常務理事が右設置について強い力をもっている旨を伝えた。

神辺町の件は、甲と乙が同年七月一三日に神辺町役場を訪ねたところ、当時の神辺町長はこの話に乗り気であった。(以上検一四三号)

3  乙は、平成三年暮れに、甲に誘われ熊本に行き、甲の紹介で、△△病院の副理事長であるSと初めて会った。Sは△△病院が多額の負債を抱え、赤字経営であることから、病院を売りたい、そこに専用場外発売場を建ててはどうかともちかけたが、乙は無理だと思い、甲も同意見だった。(検一四三号)

しかし、Sはその後も、乙や甲に、専用場外発売場を熊本に設置するについての候補地や地元同意の取り付けなどには全面的に協力すると言い、乙もSが名家の出で、地元の有力者にも顔が広いと考えていたことから、専用場外発売場の件で世話になるのなら、△△病院の経営を立て直すことに力を貸そうと考えた。(検一五一号)

4  平成四年七月下旬、乙は、甲からの電話で、「Sのばあちゃんが泣きそうな声で、あんたに連絡がつかんと言ってきた。病院の件だと思うが、連絡してみてくれ。」と言われた。乙がSに連絡をとると、Sは、「宇土税務署に渡した手形が落ちない。助けてほしい。」と乙に言った。乙は、折り返し甲に電話をし、「Sが税務署に出した手形が落ちんと言いよる。七月二七日に熊本へ行って、税務署と話をしてきます。」と伝えると、甲は、「ええ具合にやってみてくれ。」と言った。

同月二七日、乙はSと共に宇土税務署に行き、△△病院が滞納していた源泉徴収税一五〇〇万円のうち、二〇〇万円を乙が同税務署に支払って手形をSに返してもらった。このような税務署でのやりとりをその日か翌日に乙が甲に電話で伝えると、甲は「大変じゃったのう」などと乙をねぎらった。(以上検一四三号)

5  同年八月初めころには、被告人丙も施設所有者になる強い希望を持つようになった。同月一四日乙が甲に対して、神辺町の専用場外発売場の施設所有者には、株式会社中國宅建(以下、「中國宅建」という。)を考えていると告げたところ、甲は「土建屋のイメージが強いな」などと言いつつも一応の了解を示した。そして、乙、被告人丁、同丙の間では中國宅建を施設所有者とし、乙と被告人丁が役員として加わることを合意した。

同年九月九日、乙と甲は、神辺町役場に行き、町長らと会い、神辺町における専用場外発売場設置に向けての準備は具体化していった。(以上検一四三号)

6  同日、福山市のホテルで、乙は被告人丁や同丙を初めて甲と会わせた。甲は、この席上、「自分は山口県モーターボート競走会の常務理事で、専用場外発売場を設置する仕事の責任者をしている、(施設所有者となる)仕事は大変困難な仕事であり、金もかなりかかる、領収書のない金も必要である。」「中国宅建というのは土建屋のイメージが強すぎる、今後全国に一〇〇箇所くらい専用場外発売場を作る予定があり、そのうち一〇箇所は民間に作らせるつもりである、神辺町と宇佐市については、中国宅建でやればいい。」などと被告人丙らに話し、同被告人は、「はい、分かりました、頑張ります。」と答えていた。そのほか、甲は、同被告人に対して、賃料は売上の五・五パーセントとする、神辺町はオーケーだ、資金を出してくれる銀行には私が行って説明する、建物が完成したら、ボート(財団法人モーターボート競走近代化センター)の方からも、融資を受けられる。」とも話していた。

右のホテルでの話し合いは、ほんの二、三〇分のことであり、乙と甲は福山駅から新幹線に乗り、一緒に帰った。その際、甲は乙に、「(同年)九月一一日には熊本に行ってくれ、Sのばあちゃんが税金のことで困っとると言ってきた、熊本に行って解決してきてくれ。」と話しかけ、乙は「はい、分かりました、何とかしてきます。」と答えた。甲は続いて、△△病院に勤めている甲の息子が下取り車の代金をもらえないことでトラブルになっているので、それも解決して欲しいと言った。乙はやはり「はい、分かりました、やってみましょう。」と答えた。甲はさらに、「Sのばあちゃんも何を考えとるか知らんが、源泉所得税を一五〇〇万円も使い込んで、税務署には『横領じゃ』と言われとるらしい、残っとる金は、一三〇〇万円くらいらしいが、自分では何もようせん、乙君、できるだけのことをしてやってくれ。」と言った。乙は「まあ、大丈夫でしょう。」と答え、広島駅で甲と別れた。(以上検一四三号)

7  同月一五日、乙は甲に会い、まず甲の息子の車のトラブルが解決したことを報告した。次いで、△△病院が宇土税務署に滞納している税金の支払いについての話になり、乙が、「△△病院の件は、九月二五日まで待ってもらえることになりました。」と言うと、甲は「そうか、それはよかったのう。」と答えた後、それに引き続いて「大丈夫かのう。中国宅建にできるかのう。」と乙に言った。乙はこれを、被告人丙から金を出させ、それを使って△△病院が宇土税務署に納める金に充てようとの意味であると理解し、「大丈夫です。それくらいのことはできるでしょう。」などと答え、甲はさらに、「頼むよの。」と言った。(検一四三号)

二  右一の乙の自白の内、共謀に関する事実について甲の公判供述(第三三回)は次のとおりである。

1  乙の自白一4について、Sから乙と連絡が取れないとの電話があったことは度々あり、乙に電話して、Sに連絡するように伝えたが、乙から、Sの件で税務署に行くとの話はなく、税務署に行ったとしてその報告を受けたこともない。

2  同一6の平成四年九月九日福山市のホテルで乙の紹介で被告人両名に初めて会った後、帰りの新幹線の中で、乙に対し、熊本に行ってくれと依頼したことはなく、税金の話は知らないから話していない。乙が自ら熊本に行くと言うので、△△病院に勤めている息子が詐欺にかかっているので解決してくれと依頼したことはある。

3  同一7の内、乙は、同月一五日訪ねて来て、息子の件を解決したと報告し、熊本に行った用件について、Sが源泉徴収税を滞納していた件で税務署に行き、解決したと報告した。その際、同月二五日まで待ってもらったとの話はなく、私が「中国宅建にできるかのう」と言ったことはない。

三  そこで、乙の自白の信用性について検討する。

1  一1から7に至るまでの経緯の内、二に記載した甲の否定する事項を除く部分は関係各証拠と概ね符合するが、本件共謀に密接に関連する右各事項については、次のとおり、信用性に疑問を生じさせる事情がある。

2  まず、一の4ないし7の自白内容自体に不自然さがある。すなわち、乙自白のいう経緯からすると、本件共謀が成立したとする九月一五日までの間に、甲が被告人丙と会っているのは同月九日の一日のみである上、その時間は、二、三〇分に過ぎない。専用場外発売場の施設所有者になることを希望している者とはいえ、そのような相手からの収賄を甲が着想すること自体が唐突にすぎる。そして仮に乙の述べる経緯を前提としても、甲が何の前触れもなく、いきなり乙に対して、「中国宅建にできるかのう。」という、抽象的な問いかけをして、これまでそのような謀議をしたこともない乙との間で直ちにその意を通じたというのは、不自然さを否定できない。

3(一)  甲は、Sからの求めに応じ、平成四年六月八日に一〇〇〇万円、同年八月一〇日に一八〇〇万円、平成五年八月九日に一六〇〇万円と、本件の前後三回に亘り△△病院に対し融資を行っている(職三〇、三三、三四号各借用証書(写し)、検一一九号Sの検察官調書、甲の第三一回公判供述一六六、二四四、同人の第三三回公判供述九三、検一三九号同人の検察官調書、検一二〇号吉田幸生の検察官調書、検四〇号捜査状況報告書)。甲は、これらの融資を乙、ましてや被告人丙を関与させることなく行い(平成四年八月一〇日分につき検一〇〇号豊田宣英の検察官調書)、また、少なくとも平成四年八月分の融資後からは毎月返済を受け、平成五年八月分以降は更に毎月の返済額を増額して返済を受けている(弁三九号「報告書」と題する書面、Sの第四回公判供述四三五ないし四四四、五三一ないし五三七、甲の第三一回公判供述二六五、同人の第三三回公判供述九七、九八、一〇六ないし一二五)ところ、本件のみ乙を介して、しかも被告人丙から金を出させるという形で△△病院への融資を行ったというのは、伏線となる特別の事情がない限り、不自然さが残る。

(二)  さらに△△病院の平成四年冬のボーナス資金を、同年一二月一八日甲と乙とがSの求めに応じ、個別に用意し、結局乙が一八〇〇万円を貸与したという事実もある(検一三九号、二三四号乙の各検察官調書、甲の第三三回公判供述四九ないし七九)。

なお、△△病院の会計帳簿には、平成四年一二月一八日短期借入金一八〇〇万円が甲からとして計上されている(検一二〇号吉田幸生の検察官調書、検一一九号Sの検察官調書、検四〇号捜査状況報告書)。しかるに、右帳簿には、明らかに乙からの融資である平成五年八月四日の二〇〇万円も甲からの融資借入金として計上されており(検一〇八号廣谷久美子の検察官調書、検四〇号捜査状況報告書)、Sの誤信による指示か否かは不明であるが、会計帳簿上、甲と乙からの借入は一括して甲からの借入との表示がなされていた疑いが強く、甲と乙がSから個別に融資を依頼されて用意したことを否定できない。

(三)  この他にも、乙は、甲とは別に、Sの求めに応じて△△病院に対して融資を行った状況が窺われる(検一四三号乙の検察官調書、検二一五号及び検二二〇号乙の各警察官調書、同人の第二三回公判供述三七六以下、四四二、Sの第二回公判供述二〇〇等)ところ、平成四年一二月の例で明らかなように、甲と乙との間で、Sの求めに応じて△△病院に融資を行う際、互いに連絡を取り合った形跡は見当たらない(甲の第三一回公判供述二三八、二三九、同人の第三三回公判供述八二ないし八六)。また、Sも、右の例及び同人の第四回公判供述九七、一三三ないし一三五等から明らかなように、甲及び乙に対する融資の依頼を各個別に行っており、片方に依頼した場合そのことを事前に他方に知らせてはいない。加えて、Sは、本件一三〇〇万円弱の使途となった△△病院の所得税源泉徴収分預り金滞納分(以下、「滞納源泉徴収分」という。)について、「乙にのみ支払を要請し、甲には恥ずかしいから相談したことはない」と公判廷で供述しており(第二回一八六ないし一九七、二三二、二三三、第四回三四四、七二〇)、事実、滞納源泉徴収分の内金二〇〇万円は平成四年七月二七日に乙個人の手持金によって支弁されている(第四回三四七、検一四三号乙の検察官調書、同人の第二三回公判供述四四二。なお、検一四三号では、乙は甲の指示の下に動いたこととなっているが、右金員を甲が負担したとの指摘はない。)。そして、乙が△△病院に対し数回融資を行った前後において、乙がこれを、甲に恩義を感じさせる風に知らしめたというような事情は全く窺えない。

(四)  かように、甲と乙は、平成四年九月一五日の前も同年一二月以後も、特に連絡を取り合って協力することなく、Sの求めに応じ、各自が独自に△△病院に対する融資を行っていたと認められるところ、本件に限り、特別の事情も認められないのに、しかも先に摘示した程度の会話で、△△病院の滞納源泉徴収分の納付に充てる資金を、被告人丙(中國宅建)からの収賄という形で、甲が主となり、乙が従となり、相協力して得るべく、両者が共謀したというのは不自然であって、疑問が残るというべきである。

(五)  平成四年九月二五日、乙とSが、本件二〇〇〇万円のうち一三〇〇万円弱を使って宇土税務署に△△病院の滞納源泉徴収分を納めた際、同税務署から渡された領収書と差押解除通知書、さらにはSが持参した、振出人を△△病院とする手形三通は全て乙の手元に止まっている(検一四五号同人の検察官調書)。右手形に関し、乙は右検察官調書では担保ではないと強調しているが、滞納源泉徴収分を納付した日に受け取ったという事情からすれば、むしろ担保とみるのが自然である。そして、これら全てが乙の手元にある理由について、右検察官調書では、「甲と相談する気もあったのですが、結局、そのままになってしまい、今回、逮捕されるまで、私の方で保管していただけ」となっているが、甲との共謀のもとに、甲の指示により税務署に払ったのであれば、その事務処理の一環として甲への報告がなされて然るべきところであるから、右理由は疑問があり、信用し難い。

4(一)  乙の検二二二号(平成五年一〇月一三日付)、検二二三号(同月一五日付)及び検二二四号(同月一六日付)各検察官調書、検二一七号警察官調書(同月一七日付)によれば、本件収賄の共謀とされる会話は、平成四年九月一五日、乙が△△病院の滞納源泉徴収分の処理を話した後、甲が「大丈夫か」と問いかけたのに対して、乙が「大丈夫です。中国宅建にやらせます。」と答え、甲が「そうか。頼むよの。」と乙に言ったことになっており、右各調書にはこれらの会話に関する乙の認識が供述されている。

しかるに、検二二六号乙の検察官調書(平成五年一〇月一七日付)に至り、甲の方から「大丈夫かのう。中国宅建にできるかのう。」と問いかけたという供述に変更され、これらの会話に関する乙の認識が改めて供述されている(検二一九号同人の警察官調書(同月一九日付)も同様である。)。この供述変更の理由については、検二二八号乙の検察官調書(同月一七日付)によると、「甲とは数年来の付き合いであり、少しでも甲をかばってやりたいという気持ちから」、乙の方から先に中國宅建の名前を出したという虚偽の供述をしていたとなっている。しかし、乙は、逮捕された当初は甲の関与を全面的に否認していた(検二一四号同月一日付警察官調書)が、勾留後の平成五年一〇月一三日ころに至り、「もう甲をかばいきれない」という理由で甲の関与すなわち収賄の共謀を自白していた(永幡無二雄の公判供述二一九、五五九、検二一五号乙の警察官調書、検二三五号乙の検察官調書)のであるから、その段階に至って未だ、中國宅建の名前をいずれが先に出したかの点についてのみ、甲をかばう虚偽の供述をするというのはいささか不自然で疑問が残る(むしろ、被告人丙との人間関係からいえば、乙が先に言い出す方が自然であるとも考えられ、かばうことにならない。)。

(二)  検二二三号乙の検察官調書(平成五年一〇月一三日付)、検二一七号同人の警察官調書(同月一七日付)では、本件収賄の謀議があったとする平成四年九月一五日の翌日ころ、乙が被告人丙に本件二〇〇〇万円の提供を依頼したところ、同被告人は「やりましょう。」と了解した、ないしは「判りました。用意します。」と答えたことになっており、付加して、このように被告人丙が直ちに了承した理由、すなわち同被告人のわいろ性の認識に関する乙の考察が供述されている。

しかるに、検二三〇号乙の検察官調書(平成五年一〇月一八日付)になると、「九月一六日、被告人丙に金を出させようという気持ちで本件二〇〇〇万円の提供方を同被告人にもちかけたが、そのときは同被告人はそれほど真剣に受け止めていなかったかも知れない」との供述に変わり、さらに検二三一号乙の検察官調書(同日付)になると、これに同月二〇日、被告人丙に本件二〇〇〇万円の提供を再度明確に依頼した旨の供述が加わり、検一四三号乙の検察官調書(平成五年一〇月一九日付)は検二三一号を踏襲した供述となっている。

右は供述変更に当たるところ、乙がこのように供述を変更した理由は右検察官調書では全く述べられていない。右供述変更は、甲との収賄に関する共謀に関して自白している以上、直接乙の刑事責任の帰趨に関係することではなく、またその情状を強いて悪くするともいえない部分に関するもので、しかもわいろの供出を依頼した相手の反応という強く記憶に残るであろう事項に関するものであるから、合理的な説明のない限り、供述変更自体が不可解である。検一六五号被告人丙の検察官調書(平成五年一〇月一四日付)では、乙から初めて本件二〇〇〇万円の話が出た際、被告人丙の認識としては、自分がこの金を用意するとは思っていなかったことが述べられており、検一六六号同被告人の検察官調書(同日付)では、平成四年九月二〇日に乙から要求を受け、初めて自分が本件二〇〇〇万円を提供すべきものと悟り、話が違うが金を用意するしかないと考えたことが供述されていることからすれば、乙の右供述変更は、被告人丙のこれらの供述と平仄を合わせるためになされた疑いがある。

四  以上からすれば、一7の会話の際、甲と△△病院の滞納源泉徴収分に充てる資金を被告人丙からの収賄という形で得るべく意を通じ合ったとする乙の検察官調書(検一四三号)における同人の認識の記載(本件共謀の自白)は、その信用性ないし真実性に疑問があるといわざるを得ない。

五  そこで、検察官が主張する、乙の検察官に対する供述(右自白)が信用できることとする根拠について検討する。

1  検察官は、乙の供述内容が客観的に認められる事実経過に符合するなど合理性があるとして、種々主張するが、これらの事実関係はそれ自体で、あるいはそれらを総合しても本件共謀を推認させるに足る事情とはいい難い。すなわち、

(一) たしかに、専用場外発売場の施設所有者選定につき大きな力を有している甲が、本件共謀があったとされる平成四年九月一五日の直前である同月九日に、右施設所有者になろうとしている被告人丙に対して、簡単にその希望を承諾するがごとき発言をしていることは認められる(検一六二号、一六三号被告人丙の各検察官調書)。検察官は、これは甲が同被告人に恩を売っている状況で、その後に同被告人にわいろを要求しようとしたことが自然な流れであると主張するが、神辺町の施設所有者になる希望者が他にいたとの証拠がないこと(検八八号桐島辰二の検察官調書によると、被告人丙が施設所有者になるのを断念した後、甲や乙は次の候補者を神辺町に示し得なかったことが認められる。)をも考慮すると、右主張には疑問が残り、自然の流れであるとまでは言い切れない。同様に同年一〇月一六日、甲が被告人丙とともに銀行に出向き、「中国宅建が施設所有者になる」などと言った上、中國宅建に対する約三〇億円の融資を銀行側に依頼した事実は認められる(検一七四号被告人丙の検察官調書)が、専用場外発売場の施設所有者の事業内容が金融機関にとって自明のこととはいえず、甲は今回に限らず依頼されれば説明に行っていた(甲の第三一回公判供述七五以下)というのであって、特に被告人丙に便宜を図ったとは認められず、この点も本件共謀に関する乙の検察官調書の信用性を高めるものとはいえない。

また、三3(一)でみたように、甲は多額の資金を△△病院に融資しているが、三3(二)、同(三)のとおり、その点に関しては乙も同様であり、しかも甲と乙が協力して融資した例は本件の前後にもないのであるから、右甲の融資が本件共謀に直ちに結び付くとはいえない。

(二) 本件共謀成立の具体的状況に関する乙の供述は、甲が、何の伏線もなく突然、乙を介して、被告人丙にわいろを要求するということそれ自体及び具体的状況における会話から本件共謀が成立したということのいずれもが三2で述べたように唐突で不自然といわざるを得ない上、右の会話それ自体及びその認識に関する供述が変遷しており(三4(一))、信用性に疑問を抱かせる。

2  検察官は、被告人丙及び同丁の検察官に対する各供述と乙の検察官に対する供述とが符合していることを指摘する。

たしかに、九月九日から同月一五日あるいは同月二〇日ころまでの出来ごとについて、右各調書は符合している点が多い。しかしながら、右符合には、前記三4(二)で触れたように、あえて平仄を合わせた結果現出したと疑われるものもあり、そもそも右被告人両名は直接には本件共謀に関与していないのであって、これらの被告人両名の供述と符合するからといって、乙の本件共謀に関する供述の信用性が直ちに高まるわけではない。

3  検察官は、乙が甲の名前を出した上で被告人丙に二〇〇〇万円を要求していることを指摘し、甲の力を利用して専用場外発売場の設置等をしていた乙が、甲の意向を受けずに甲の名を出して二〇〇〇万円を要求すれば、発覚した場合にその後盾を失うことになるから、そのようなことをする筈がない、また、乙が被告人丙に金をすんなり出させるために甲の名を使ったのであれば、平成四年一〇月に約五〇〇〇万円(後記五五〇〇万円を指す。)を要求した際にも同様にする筈であるのに、このときには甲の名を使っておらず、このことは本件二〇〇〇万円のときには甲の指示があったことを示すものである、と主張する。

乙が甲の名を出して被告人丙に二〇〇〇万円を要求したことは後(第五)に触れる同被告人の検察官調書及び公判供述より肯定されるところであるが、これのみで甲との本件共謀を裏付けることはできない。

すなわち、乙は、本件共謀に基づき被告人丙に本件二〇〇〇万円を要求する際、甲が本件共謀において認識していたとされる△△病院の滞納源泉徴収分約一三〇〇万円(検一四三号、二二九号乙の各検察官調書)に甲の同意を特に得ることもなく約七〇〇万円を上乗せしたとされているのであり(検一四三、二三〇号乙の各検察官調書)、その部分については甲の指示なしに要求したのと同じといえるから、甲から資金の用意を指示されていないのに、乙が甲の名前を勝手に出して被告人丙に金員を要求することが考えられないとまではいえないことは明らかである。

また、検一五八号被告人丁の検察官調書及び同被告人の第一四回公判供述四七、五二によれば、乙は、被告人丁に対し、「資金的に甲が大丈夫か言ってきているので、資金調達能力があるかどうかちょっと言ってみてくれ。」という形で被告人丙に五五〇〇万円を要求するよう同丁に伝えているのであり、右五五〇〇万円の要求に関して甲の名前を全く出していないわけではない。そうすると、被告人丁による同丙に対する五五〇〇万円の要求の際、甲の名前が出てきていない(検一七六号被告人丙の検察官調書)のは甲の指示がなかったからであって、本件二〇〇〇万円の要求の際に甲の名前を出しているのは正に甲の指示があったためであるとはいえない。

4  検察官は、平成四年一一月以降被告人丙が甲に対し直接、二〇〇〇万円を返還するよう要求したり、甲の給料等の仮差押命令申立てという経過を経ても、甲と乙の関係は壊れてなく、甲は、本件二〇〇〇万円の返済資金の捻出のために、乙と折本産業を仲介し、折本産業が乙に二〇〇〇万円を支払うようにお膳立てをしてさえいると指摘し、乙が甲の名前を勝手に使用した状況にそぐわないと主張する。

本件後の状況については以下のとおりである。

平成四年一〇月二六日、乙からの依頼を受けた(右3)被告人丁より五五〇〇万円を準備するよう要求された被告人丙は、同月三〇日に右要求を拒絶したところ、専用場外発売場の施設所有者になれないと被告人丁から言われたため、本件二〇〇〇万円の返還を求めた。しかし、被告人丁はペナルティーとして返さないと言い、乙とは連絡が取れないので、同年一一月初旬ころ甲に対し、本件二〇〇〇万円の返還方を依頼した。その後同月一九日、二七日に行われた話し合いの結果、一旦は乙との間で返還の約束がなされたが、これが履行されないため、被告人丙は同年一二月二六日再び甲に本件二〇〇〇万円の返還方を依頼した。翌平成五年一月には被告人丁の振り出した小切手による返済の話も出たが、これも履行されないまま、同年二月一二日被告人丙は甲の給料等の仮差押命令申立てをした。(検一五八号被告人丁の検察官調書、検一七五号、一七六号、一七八号被告人丙の各検察官調書)

しかしながら、このような事実はこれ自体で直ちに本件共謀を推認させるものではない(乙が甲に謝罪し、前記検察官のいうとおり乙の負担で解決したうえ、施設設置についての乙の役割が甲にとっても重要であることを考慮すると、甲が乙との関係を継続したとしても不自然とまではいえない。)。のみならず、検一五三号乙の検察官調書によれば、右仲介による乙側の条件は、乙にとって「極めて不利な条件」だったのであり、そうすると、甲は自己の顔に泥を塗った乙に詰め腹を切らせたとみる余地もあり、友誼関係を維持していたか一概にはいえない。

5  検察官は、甲が△△病院に多額の資金援助を行い、平成四年六月に一〇〇〇万円を融資した際には、同病院では、その出資金債権の譲渡契約書等を作成し、同年八月には理事会で甲を理事に選任した旨の議事録が作成されるなど、その見返りに甲が病院の経営権を掌握し得る状況を作出し、甲もその状況を認識していたこと、医師である甲の子息が同年七月一日から同病院に勤務し、多額の債務を抱えながらも同病院の経営状態が改善される見込みが生じており、病院を経営、支配する旨味があった等と指摘し、甲に共謀の動機が認められると主張する。

既にみたように、甲が△△病院に多額の資金援助をしていることは認められるところであるが、この点は乙も同様である。また、同年六月八日に甲が一〇〇〇万円を融資した際、乙から受け取った出資金債権契約書(検一三九号添付の資料1)及び合意書(同2)は、その後その内容が実行された形跡が窺われず、その作成経緯(Sの第四回公判供述一四七以下)及び三3(一)でみたようにその後の甲の融資に対する返済がなされていること(ちなみに、甲の第三一回公判供述一六六以下、二六一以下、同人の第三三回公判供述八七以下では、甲は、同年六月の一〇〇〇万円は友人から借りて融資をしたから担保を求めた、その後の融資には担保がなく、分割返済の約束でそれが履行されているとしている。)からすると、右一〇〇〇万円の融資の担保とみる方が自然であること、△△病院の理事就任を甲が断ったこと(Sの第二回公判供述一〇四、同人の第四回公判供述四七二ないし四七五、甲の第三三回公判供述七ないし一六)、検一二一号吉田幸生、検一二四号内田哲人及び検一二七号中村正純の各検察官調書によっても、△△病院の多額の負債にも拘わらず、甲の子息である友徳の医療方針によって、同病院の採算がとれて経営が安定化することが「十分に見込まれる」状況であったとは認められず、右吉田及び内田の各供述は同病院の将来の経営安定化に対する希望ないし期待を述べたものに過ぎない(なお、検一三二号三根勲の検察官調書にある△△病院建て直しの方法も極めて抽象的なものに過ぎない。)こと等の事情からすれば、甲が本件当時△△病院を実質的に支配・経営する目的を有していたとまでは認められない。そうすると、甲に、収賄してまで△△病院に融資をしなければならない事情は存在しない。

6  検察官は、本件共謀に関する乙の検察官に対する供述の経過(初め甲は関係ないと否認していたが弁解の不合理性を検察官から追及されて認めた)や供述調書の外形(共謀状況を詳細に供述している検一四三号では読み聞けを受けた後に訂正の申立てをした)に照らしてみても、その信用性は高いとする。しかし、この経緯は、逆に乙の検察官に対する供述の危険性をも物語っている。すなわち、乙は本件二〇〇〇万円の授受当時、△△病院と甲との関係については、熊本での専用場外発売場設置についてSが協力を申し出ていること、甲の子息が△△病院に勤務していたこと以上の知識はなかったと認められるところ(乙の第二一回公判供述二八、三一三ないし三一五、検一五一号同人の検察官調書。なお、甲と乙はSの依頼により個別に△△病院に融資しており、互いに連絡を取り合った形跡がないことは前記のとおりである。)、検察官の取調べにおいて、前記出資金債権契約書、合意書及び平成四年八月の理事会議事録等を見せられ、これらを文字どおり解釈すれば、甲が△△病院の支配権を把握しようとしていると解り(永幡無二雄の公判供述)、自分が肩入れしていた△△病院を知らぬ間に甲に横取りされていたと誤解し、その怒りから被告人丙の供述に沿った検察官の誘導的尋問に迎合したとみる余地が多分にある。

したがって、前記検察官の主張する乙の自白に至る経緯は、その自白の真実性を物語るものとはいえない。さらに三4でみたように、不可解ともいえる変遷が認められるところからすると、果たして乙が自己の経験に基づいて事実を供述したか、大いに疑問が残る。

以上よりすれば、検察官の指摘する事情によっても、本件共謀につき、乙の検察官に関する供述が信用できるとはいえない。

六  また検察官は、乙が、△△病院の滞納源泉徴収分の納付につき、甲とは関係なく、個人的動機から資金援助をしたものとは認められないと主張するので、この点についても検討する。

甲と乙との関係は、甲の職務たる専用場外発売場設置のための準備行為につき、甲にとって右準備行為の円滑な遂行、乙にとって右発売場設置後の利益取得という点で利害が一致し、その限りにおいて行動を共にしていたと認められる(検二一六号、二一八号乙の各警察官調書、検一五四、二二七、二三二号同人の各検察官調書、同人の第二一回公判供述四六ないし六六、同第二三回一ないし一四、甲の第三一回公判供述一三三ないし一四一、同人の第三六回公判供述一〇三ないし一〇七)ところ、乙が自らの判断で、専用場外発売場選定のためSの協力を得る目的で融資を行う(乙の第二一回公判供述二八四ないし二八六)ことは大いにありうるところであり(現に乙はSの依頼により△△病院に対し甲と別個に融資していたことは前記のとおりである。)、その他、乙の義侠心に富む性格を指摘し、右の可能性を肯定する向きもあり(永幡無二雄の公判供述)、検察官の主張は採り得ない。

七  以上述べてきたところを総合すると、本件共謀に関する乙の自白は、客観的状況からみて不自然・不合理な面があり、かつ不可解ともいえる変転もあるのであって、その信用性ないし真実性に関して疑問が残るといわざるを得ず、直ちにこれを有罪の証拠とすることはできない。

したがって、甲と乙との間の共謀の成立を前提とし、被告人丁がそれに加わったとする本件共謀の成立について、合理的疑いを超えて証明するに足る証拠は存在しないといわざるを得ない。

八  そうすると、被告人丁に関して、甲及び乙との間において右二〇〇〇万円をわいろとして収受する旨の共謀をしたことの証明が十分でないことに帰するので、同被告人にモーターボート競走法三四条の収受罪は成立しない。

第五  被告人丙の罪責について

一  わいろ性の認識

1  被告人丙が乙の口座に二〇〇〇万円を振り込むに至った経緯は、同被告人の検察官調書における供述によれば、以下のとおりである。

(一) 被告人丙は、平成四年四月末から五月ころ、被告人丁、次いで乙から、徳山競艇場の専用場外発売場の施設所有者となるよう勧誘され、同年七月下旬ころには、自己が代表者を務める株式会社中國宅建において、広島県深安郡神辺町における専用場外発売場の施設所有者となる意欲を抱くに至った。

(二) 同年九月九日、福山市のホテルにおいて、被告人丙は、乙から、前記競走会において力を持ち、前記施設所有者となるためにはその後押しが必要と聞かされていた同競走会常務理事として、甲を紹介され、同人から、(専用場外発売場の施設の)所有者となることは困難な仕事であるがやれるか、領収証のない金が動くのを覚悟のこと、競走会の方には中國宅建を神辺町内の専用場外発売場の所有者として決めたことを報告しておく、賃料は売上の五・五パーセントにすること等を告げられ、甲がそこまで言うのであれば、この話は相当確実な話であると思った。(以上検一六二・一六三号)

(三) 同月一六日、広島市内の乙の事務所において、被告人丙は、乙から、「甲の息子の病院が社会保険まで使い込んだりして行き詰まっている、九月二五日までに二〇〇〇万円くらいの金がいると甲に言われている、やりくりの方は甲が全然しないから自分の方でやるようになっている。」と聞いた。

(四) 同月二〇日、徳山市の前記競走会事務所において、被告人丙らが甲と面談した際、同人は、乙及び被告人丁に対し被告人丙に協力して頑張るよう言い、被告人丙、乙及び被告人丁は「頑張ります。」と答えた。その帰りの車中で、被告人丙は乙から、「この前の病院の件だが、やはりどうしても金が足りないらしい。」と言われ、この前の病院とは、同月一六日に乙から聞かされていた甲の息子の病院の件だなと思った。

被告人丙がどのくらい足りないのか聞いたところ、乙が「一三〇〇万円ほど。」と言うと、すぐに被告人丁が、「いや二〇〇〇万円いるのでどうしても用意しなければならないが、これは被告人丙が中心でやってもらわなければならない。」と言った。被告人丙は、「約束が違う、以前は全部自分達(乙、丁)で金を用意すると言ったではないか。」と反論したが、被告人丁は、「時間も経って状況も変わっている。今さっき甲の前で三人で頑張ってやっていこうと言ったばかりだし、三人で協力して頑張ってその金を作ろう。」等と言い、それならば自分の方で二〇〇〇万円を作るしかないという気持ちになった。(以上検一六六号)

2(一)  右二〇〇〇万円を振り込む時点での被告人丙の認識は、一つは乙が言ったとおり、同人が甲から頼まれて、甲のために使う金として二〇〇〇万円を要求しているというものであり、もう一つは乙や被告人丁が、甲にかこつけて自分たちのためにも(額は分からないが)金を作ろうとしているというものであった。

(二)  被告人丙は、甲が前記競走会の常務理事として専用場外発売場の設置につき施設所有者を選ぶなど大きな力を持っていると思っていたので、自分(中國宅建)を施設所有者に決めてもらい、有利な条件で徳山市(施行者)に取り次いでもらいたいとの趣旨で送金した。乙、被告人丁の上乗せ分については、自分が施設所有者になれるよう、甲に話をつけてもらいたいとの趣旨である。いずれにしろ、自分が施設所有者になりたいという気持ちで送金した。(以上検一六一・一七七号)

(三)  被告人丙は、同被告人(中國宅建)が施設所有者となる可能性がなくなった平成五年二月一二日に、右二〇〇〇万円の支払請求権を被保全債権として、甲の給料等の仮差押命令を申し立てたが、そのようにしたのは、同被告人自身に、右二〇〇〇万円を甲から要求されたという気持ちがあったからである。(検一七八号)

(四)  なお、被告人丙は、右仮差押え申立ての際、経緯を訴訟代理人弁護士に説明して陳述書を作成したが、その中には平成四年九月二〇日に甲から直接、「息子が熊本の△△病院で医師をしているが倒産しかけている、手形の支払いに九月二五日までに二〇〇〇万円が必要である。中國宅建で出してほしい。」と持ちかけられた旨の記載がある。しかし、これは、同月一六日の乙らとのやりとり(すなわち1(三)の件)として書いたメモの一部を誤って同月九日分にとじこんでいたため、これを同日の出来事と誤信し、しかも同一内容の話が再度同月二〇日にあり、そのやりとりで、被告人丙自身甲から金を要求されたとの気持ちがあったので、そのように弁護士に説明したものである。(検一八〇号)

3  被告人丙のこれらの供述の信用性について検討する。

(一) まず、1の事実関係については、乙や被告人丁の各検察官調書その他の証拠関係により認められる事実に矛盾するところがなく、被告人丙の公判供述(第三、五、七、一〇、一二回)でも一貫しており、供述内容も具体的である。乙及び被告人丁も捜査段階では、これらに沿う内容を供述している。なお、乙は、公判廷では、本件二〇〇〇万円について、甲から頼まれているとの趣旨の話を、被告人丁にも被告人丙にもしていない、経費として出して欲しいと要求しただけである、と前記供述を翻している(乙の第二三回公判供述六三ないし八四)が、右供述はその変更に合理性がなく、甲との関係をことさら避けようとする傾向が強く窺われ、信用することができない。ちなみに、被告人丁は第九回公判において、本件二〇〇〇万円について、甲から頼まれた旨を乙から聞いてなく、自分も被告人丙に対し、その旨を言っていない(同人の公判供述七七)と述べながら、他方で、乙は甲から頼まれているのかと思った(同七八)と述べ、被告人丙に対して、費用として出してくれとは言っていない(同一八五)、「甲の息子の勤務している病院が税金の滞納などあって乙が応援することになっているので、二〇〇〇万円程協力して貰いたい」旨言った(同三七)、この金を病院に送れば甲も喜ぶであろうとの気持ちはあった(同七四)、「甲の息子の勤務している病院を乙が応援するんで、その分としてお願いします。」という話をした(同一八六)などとほぼ前記供述調書のとおりの内容を自認している。

(二) なお、被告人丙の前記供述は、同被告人が備忘のためにつけていた手帳及びメモの記載により経緯を確認した上でなされているものであるが、検一八〇号の添付資料六(同被告人作成の平成四年九月九日付のメモ)の四枚目(以下、「本件メモ」という。)は、同被告人も自認するとおり明らかに事実と異なる記載がされているので、右手帳及びメモ全体の信用性が問題となる。

本件メモの内容は、平成四年九月九日本件二〇〇〇万円を被告人丙が直接甲から要求されたというものであるが、同被告人自身この筋書きに基づいて甲の給料を仮差押えし、本件の任意捜査段階では同趣旨の供述をしていたものである(前記2(三)、検六四号、被告人丙の公判供述第七回、一〇回)。

本件メモの由来及び仮差押え申立て時の陳述書の記載について、被告人丙は、前記2(四)のとおり説明し、これは同被告人が逮捕された後の強制捜査における検察官調べ時(証人川見裕之の公判供述)から公判供述(第五、七、一二回など)まで一貫している。しかし、九月一六日に書いたものが九月九日のメモとして混入した等の説明は合理的とは認めがたく、内容が事実と異なる上、本件メモは四枚綴りの一部であるところ、一枚目及び二枚目の末尾には、いずれも「次ページへ」との記載があるのに、三枚目にはその記載がないことをも併せ考えると、本件メモは仮差押えの申立ての際に甲との関係を直接のものとするため意図的に作為された疑いも払拭できない。

しかしながら、右手帳及びメモの他の部分には特段異常な点は見受けられず、客観的な事実関係とほぼ合致しているので、それらに基づく被告人丙の前記供述の信用性は高いというべく、本件メモの虚偽性が同供述の信用性を害するものとはいえない。

(三) ところで、わいろ性の自認に該当する前記2(二)について、被告人丙は公判廷(第一二回)において、本件メモ及び仮差押え申立て時の陳述書の虚偽性を訴訟詐欺になると責め立てられた挙げ句、真意でないのに検察官に迎合して供述したとする。

しかし、同被告人は前記2(一)の部分は公判段階でも真意であると供述していること(他方で、「仮に、甲と関係なく乙が勝手に要求し乙が懐に入れると知っていたとしても、本件二〇〇〇万円を送金したか」との趣旨の問いに対し、これを肯定する供述をしている(第一二回二二九、第五六回六二)が、これは前記2(一)、(三)、(四)の同被告人の当時の心境、行動とは明らかに矛盾し、到底信用し難い。)、右2(三)の部分は極めて自然であること(なお、右の仮差押えにつき、被告人丙は、公判廷では、「乙に言っても返してもらえないだろうから、甲に言えば、その影響力からして、乙を動かして何とか金を作って返してもらえるだろうと思った。」(第三八回五九ないし六二)と供述し、あたかも甲は、不始末をした乙らの上司との認識しかないように述べるが、これは到底不合理で信用することができない。)など、当時の心境、行動に照らすと、被告人丙は乙の要求の背後に甲がいると感じていたとみるのが合理的である。

また、本件メモの虚偽性についても、要は甲から請求されたかそれとも乙から請求があったかであり、乙の請求の背後に甲の存在を感じたかという本件二〇〇〇万円の趣旨(わいろ性の認識)とは直接の関係はなく、訴訟詐欺云々が被告人丙に何らかの心理的影響を与えたとしても、それはわいろ性の認識に関する同被告人の供述をゆがめたとは考え難い。

そうすると、被告人丙の2(二)の供述は検察官に迎合したものとはいえない。

4  前記2(一)及び被告人丙が公判で種々供述するところからすると、同被告人の認識は同(二)に類するものではあるが、確定的なものといわれるには若干抵抗があるというに止まるものと考えられる。しかるに、前記2記載の前後の状況、とりわけ、後日本件二〇〇〇万円の返還を求めて、甲に対し裁判上の請求手段である給料の仮差押命令を申し立てた事実からすると、被告人丙の乙の背後に甲がいるとの認識(わいろ性の認識)は、未必的なものに止まらず確定的なものであったとみるのが相当である。

5  以上よりすれば、右1及び2に摘示した各検察官調書の内容はいずれも信用できる。したがって、被告人丙には、右二〇〇〇万円の振込に際して、この金は社団法人山口県モーターボート競走会専用場外担当常任理事として、専用場外発売場の施設所有者選定等の準備行為を職務権限とする甲に対し、わいろとして送金するとの認識があったというべきである。

6(一)  ところで、弁護人は、被告人丙が、乙、甲どちらのために右二〇〇〇万円を出すのかは明確に意識しておらず、甲に恩を売る意識があっても、それは、親心をくすぐるという以上のものではないから、同被告人にはわいろ性の認識がないと主張し、同被告人もこれに沿う趣旨の公判供述をしている(第三回八一、八九、第一〇回二一九、第一二回二一九ないし二二一、第五六回一〇二)。

しかるに、わいろとは、公務員ないし準公務員など身分者の職務に対する不法な報酬としての利益をいうものであって、そこにいう利益は財産上の利益に止まらず、およそ人の需要・欲望を満足させるに足りるものであればよいというべきである。被告人丙の当時の認識は前記二2(一)、(二)のとおりであり、それが弁護人の指摘する趣旨のものであったとしても、前記競走会専用場外担当常任理事として、専用場外発売場の所有者選定等の準備行為を職務権限として有する甲の歓心を得ようとしたものと評価され、なおわいろ性の認識に欠けるところはない。ちなみに、前記1(四)、2から、被告人丙は右二〇〇〇万円全体がまるまる甲の利益となるとは認識していなかったものであるが、そのうちのいくらが乙、被告人丁の上乗せ分かを明確に意識していたわけではないから、これらは不可分一体のものとして、甲に対する利益供与の認識を有していたといえる。

(二)  さらに弁護人は、被告人丙が右二〇〇〇万円の振込に際して領収書を要求したこと、右二〇〇〇万円の支出の処理を乙に対する仮払金としているのは将来における清算を予定していたものであったこと、振込が乙の銀行口座になされたことから、贈賄行為における秘密性に欠けると主張する。

もとより、公務員ないし準公務員など身分者に対する利益の供与が、その職務行為と対価性が認められる不法なものであれば、これが公然と行われてもわいろ性が失われるものではない。

のみならず、本件では、実際の収受の相手方名が甲でなく乙であったので、被告人丙にとっては乙名での領収は何ら秘匿すべきものではなく、かえって、甲への供与を確認し、乙、被告人丁の中間利得を牽制するためもあって必要不可欠な行為であったというべきである。

7  以上検討してきたところにより、被告人丙は、甲に対するわいろ性の認識を有して本件二〇〇〇万円を乙の銀行口座に振り込んだものと認められる。

二  供与、申込罪の成否

右判示したように、被告人丙においては、わいろ供与の意思で本件二〇〇〇万円を乙名義の銀行口座に振り込んだものである。しかし、前記第四のとおり、右金員をわいろとして収受する旨の本件共謀が甲と乙らとの間において認められないので、右わいろは第三者たる乙が受け取ったに止まり、身分者たる甲が収受したことにならない。よって、甲、乙及び被告人丁にモーターボート競走法三四条所定の収受罪が成立しないことの反面、被告人丙には同法三七条所定の供与罪は成立しない。

次に、供与罪の未遂形態である申込罪の成否について検討する。同法三七条所定の「申込」は、刑法一九八条所定の「申込」と同義に解されるところ、贈賄者が身分者たる相手方に対しわいろの収受を促す意思表示をするという一方的行為で成立する。そして、相手方において、わいろの供与の意思表示又はそのわいろ性を実際上認識する必要はないが、右意思表示は、少なくとも相手方がわいろたること及びわいろの収受を促す趣旨を認識し得べき状況の下でなされる必要がある。

しかし、本件においては、前記のとおり、わいろたる二〇〇〇万円は乙が受領したものであり、そこに被告人丙による、身分者甲に対する働きかけは本件証拠上全く認めることができない。したがって、前記のとおり事前に甲が乙と共謀して被告人丙に金銭を要求したと認めるに足りる証拠がなく、甲と乙が共同して金銭の管理をしていたことを窺わせる証拠もない本件においては、乙が甲にその旨を伝えない限り、甲においてこれを認識し得べき状況にあったとはいい難いことになる。そこで、乙をして、被告人丙のわいろ供与の意思が甲に伝達されたかをみるに、乙の検察官調書(検一四三号)には、被告人丙が振り込んだ二〇〇〇万円の一部で△△病院の滞納源泉徴収分を支払った旨、本件当日若しくは二、三日後に甲に電話で連絡したとの供述がある。しかしこれは、本件共謀の存在を前提とし、共謀に基づく行為をしたとする乙の事後報告の趣旨でなされた供述であり、乙の本件共謀の存在に関する検察官調書における供述の信用性に疑問があることは前記第四で検討したとおりであるから、右供述を直ちに信用することはできない。仮に事前の話はなく事後的に、被告人丙の用立てた金で△△病院の滞納源泉徴収分を賄った旨を、甲が乙から聞かされたとしても、甲が△△病院を支配経営していたという関係になく、甲が△△病院の滞納源泉徴収分を負担すべき立場にあったといえないことも前記第四でみたとおりであるから、右報告の内容だけで、被告人丙の贈賄意思を甲が認識し得べき状況下であったと認めるにはかなりの困難がある。

他に、被告人丙のわいろ供与の意思表示が、それと認識できる状況下において、甲に対してなされ、同人にそれが到達したと認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告人丙においてはわいろ申込罪も成立しないこととなる。

第六  以上のとおり、被告人両名に対する本件モーターボート競走法違反の公訴事実については、いずれもその犯罪の証明が十分でないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し、無罪の言渡しをすることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷岡武教 裁判官 池本壽美子 裁判官 結城剛行)

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